Monthly Archives: 3月 2014

ロシアタレントとの出会い#24

img6662回目オーデション以降、私は毎年、1~2回モスクワに行っています。
その後、オーデションを開くのですが目を引くようなモデルを見つけられなくなり...低迷の時期が続きました。私が最初モスクワの女性を見た時の感激は時間が経つにつれ次第に薄れていくようでした。私がモデルを選ぶ基準が高くなっていったのかもしれない。モデル撮影もしないで帰国する事も何回もありました。

当時はネットではなく現地スタッフが探してきたモデルやモデルエージェントが紹介するモデルから選ぶ方法でした。だから『当たり』より『はずれ』の方が多かったのです。『今回でモスクワに来るのは終わりにしよう』...と何回思った事か...。
当時の現地スタッフやモデルエージェントはロシアのモデルであれば日本人は『だれでもOK』をするものと勘違いしていたようだ。しかし私は頑としてモデル選びだけは絶対に妥協しなかったのです。モデルエージェントも現地スタッフも私が妥協しないので喧嘩になる事度々...
現地スタッフは皆、女性だったので怒りだすと凄まじかった。私が言葉をはさむ余地が無いほど...大声でヒステリックにまくしたてるのです。さすがの私も負けそうになりました。
私が探しているモデルは日本で働くタレントで無く写真のモデルなのだから...『グレードの高いモデルを探せ』と強く皆に教え込んだのです。良いモデルであれば良い仕事につながるのだからと何回も言い続けました。
彼らはモデルを連れてくればお金になると勘違いしていて理解させるのにかなり時間を費やしました。又、当時はロシアの女性が日本に働きに来ていて、彼女達からの都合の良い情報だけを聞き『日本人は金持ち』と思いこんでいるロシア人が多かった。彼らは私が日本人だから金持ちと思い続けていたのだから...困ったのは私です。しかし、現地スタッフがいなければ私もモスクワで仕事が出来ない。次の仕事につながるように彼らに報酬だけは支払うことにしていました。回を重ねる度にスタッフも私の気持ちを理解し始めて、かなりグレードの高いモデルを探して連れて来るようになりました。良いモデルを連れてきた場合、ボーナスを出したので彼らは次第に意欲的にモデルを探すようになりました。
『地獄の沙汰もカネ次第』世界共通かもしれない。
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ロシアタレントとの出会い#23

 2回目のオーデションの様子を話ししましょう。
場所は一回目オーデションをした場所と同じところですが人数が多い為、ダンス教室の大きなスタジオを借りました。スターリン時代に建てられた建物なので古いけれど趣のある立派な作り。今回はどんなモデルが来ているのだろうか...不安な気持ちで重々しい扉を開けて中に入った。うす暗い廊下を通っていくとその先に椅子に座っているモデル達らしき集団が見えてきた。どんな顔のモデルなのか良くわからない...本当に暗い...不安で近くに行きモデル達の顔を見回してしまった。何人か美少女の顔が見えた時はホッとした。モデルは60人ぐらい集まっていたのでスタジオに入ってオーデションを始める事にしました。
一回目のオーデションの教訓を生かして、この度は水着姿でカメラの前に立ってもらうことにしました。ストロボをセットし各モデルのアップと全身の写真を撮影し、良いモデルだけ残ってもらい再度写真撮影をし、4人のモデルを決めました。母親同伴のモデルもいて仕事が決まったモデル達は飛び上がって喜んでいたのが印象的でした。モデルが決まったにも関わらず他のモデル達は帰ろうとしないのです。マネージャーに『どうして皆帰らないの?』と尋ねるとモデル達は『仕事をしたい』と言って残っているのだとか...
このオーデションを受ける為にバスと電車を乗り継いで3時間もかけて来たモデルもいました。モスクワ市内と言っても相当な広さです。東京のように交通網が発達していないのでここまで来るのが大変だったとか...。選ばなかったモデル達には本当にすまないと思いました。事前に写真選考してからオーデションで決めたかったのですが、今まであてにならない写真を多く見せられたので...自分の目で確かめるしか無かったのです。
私が選ぶモデルの条件は『若い』『顔がやさしい』『日本人好みの顔の子』特に『写真写りが良いモデル』が重要な決め手になります。この4人のモデル達は『ロシア美女探訪』の写真集に登場しました。
写真集を作る場合、通常は出版社が企画を立ててモデルやスタッフを手配し、カメラマンを決めて撮影に出かけます。取材費はすべて出版社が持ちます。
私の場合はすべて自費で撮影し、撮影した作品を出版社に売り込むという方法をとっていました。外国で生活した経験があったからこそ自分で何もかも出来たのかもしれません。失敗は許されないという緊張感と使命感は常に持って外国で仕事をしていました。何故このような方法を私がとったのか...
出版社を頼らずに自分の作品を自由に作ってみたかった...
作品が写真集になるまで時間がかかるので費用面では大変苦労しました。撮影場所を外国にした為、費用がかかるのは仕方ない事だが....渡航費、滞在費、モデル代、現地スタッフ費用、車や別荘の費用、etc.すべて現金払い...何もかも自分でしなくてはいけない...苦労は今も続いています。苦労の甲斐あってヒット作品や売れ行きの良い写真集が出来た時の喜びは格別です。だから20年も続けてしまったのかもしれない。

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