Monthly Archives: 7月 2014

ロシアタレントとの出会い#31

img2123か月ぶりのモスクワは冬。空港を出たら外は真っ白な雪景色、凍りつくような寒さに思わずコートの襟を立てて迎えの車に乗りこむ。翌日は早速オーデションがある為、ホテルに着くとスタッフとオーデションの打ち合わせ。夕食は日本から持って行ったおにぎりとパンで簡単に済ませ、撮影の準備、カメラ機材のチェック...やっと就寝...3時でした。
オーデション会場に60人ぐらいのモデルが集まり、その中から清潔感のあるカチューシャを選びました。カチューシャは大学生、もちろんヌード撮影は初めての仕事です。オーデションの後、テスト撮影をし、次の撮影に備えました。
翌日は撮影第一日目、モスクワは厳しい寒さで-10℃、再会を約束して別れたユーリアと3か月ぶりに会うことができました。ユーリアは微笑みながら私の頬に挨拶のキスをしてくれました。
ホテルから歩いて15分ほどでクレムリンの赤の広場に着きます。赤の広場の意味は『美しい広場』。赤の広場に鳴り響く鐘の音は幻想的で忘れることができない。
黒のフードのついたロングコートを着たユーリアは赤の広場の石畳の上に立ち止りました。その姿が凛としてあまりに美しく見えたので思わずシャッターを押したのです。聖ワシリー寺院を背にしたユーリアの写真は公開と同時に世界中に配信されてしまったのです。誰が見ても印象的で素晴らしい写真であった事は間違いない。
しばらく赤の広場でユーリアを撮影していたのですがあまりの寒さで私の指の感覚が無くなり撮影することができなくなってしまったのです。ひとまずホテルに戻り休憩です。
赤の広場からホテルに戻る時、雪が降り出したのでフードを深くかぶってさっそうと歩くユーリアの姿を今でも思い出します。この時のシーンの写真を見る度に郷愁を感じます。私はこの時以来モスクワに行くと必ず赤の広場に行くことにしています。このシーンが正式なユーリアのデビュー写真なのです。
この冬の撮影はカメラ機材の持ち込みの制限もありカメラ3台、ビデオ1台、電気も十分に使えない時だった。今から思うとこの悪い条件で撮影した写真はすべて当時のロシアの雰囲気を物語る作品に仕上がったように思える。今はカメラも良くなり電気も十分に使える時代になったがこの雰囲気を表現できる写真を撮れるかどうか...

ロシアタレントとの出会い#30

AF01モデル達と別れた後、ホテルの部屋に戻り荷物の整理です。
10日間の滞在も終わり、明日は帰国。撮影が終わった疲労感と安堵感で今日の撮影を思い起こすこともなく、ひたすら荷物の整理です。日本からフイルムを300本(36枚撮り)持って行ったのですがほとんど全部のフイルムを使い切っていました。フイルムの重さは約10キロ。荷物の中で一番大切なものは撮影済みのフイルムです。荷物の紛失もありうるのでフイルムだけは毎回、身に着けて帰国します。撮影の失敗は絶対無いという自信はありますが、現像の仕上がりを確認できるまではやはり気がかりなものなのです。

ロシア美少女紀行の写真集に登場させるモデル達を選んでT出版社に持っていきました。この時、ユーリアの写真は美少女紀行のイメージと違うので出版社には持って行かなかったのです。
ユーリアは今までのモデルとは別格のモデルだったので正直どうしようか大変迷ったのです。ユーリアは素晴らしいモデルだと思っていたのですが『世界に通用するモデルなのか...日本人に受けるモデルなのか...』自分としては確信が持てなかったのでBACHELOR誌の編集長に見てもらうことにしたのです。ユーリアの写真を一目見ただけで『20年に一人のモデルになるかもしれない...すごいなーこのモデルは..』と編集長は熱っぽく言ったのでした。世界のトップモデルを知り尽くしている彼の経験から自信を持ってユーリアを認めたのです。当時、世界の雑誌にもロシアの巨乳美少女は登場したことがなかったのです。私はモスクワのスタッフにユーリアを再度撮ると連絡し、早速撮影の準備を始めました。