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ロシアタレントとの出会い#41

img広い庭を見ながら『私、いつかこんな別荘に住みたいなー』とユーリアはつぶやきました。私が撮影のために選ぶ別荘の条件は花のある庭、木があり、庭か室内に必ずプールがあること、各部屋には格調高い家具があること...etc.レンタル料金が高くても良い作品を作るための必要条件です。又、ユーリアが気に入ってくれること...これが最も重要なことです。ユーリアを発掘する前は良い別荘を見つける手段がなく大変苦労しました。当時はまだ新しい別荘というものが無く100年前の屋敷を貸していました。私が初めてアシスタントに別荘を探せと言った時のことを思い出しました。私はアシスタントに古くても良いからロシアの雰囲気のある建物を探せと...別荘とはこんな建物....いろいろ詳しく説明をしたのです。撮影当日アシスタントが案内して着いた別荘を見て私は驚き言葉が出ませんでした。確かに建物は古い、部屋は木造、庭は広いが荒れ果てていて鶏が放し飼いにされている農家だった。トイレは庭に木の板で囲った中にブリキのバケツが置いてありました。私があれだけ詳しく説明して頼んだのに何も理解していなかったアシスタントに腹が立ち撮影を中止したのです。今までは撮影を中止することが嫌だったので私が我慢する事ばかりでした。彼らは今回も私がOKを出すと思っていたらしく悪びれる様子もなく機材を運んでいました。この時もロシア人と日本人との違いを感じさせられました。この時以来、私はアシスタントに妥協することを止めました。私が納得できる別荘が探せるまで撮影はしないとホテルにとどまっていました。私もアシスタントの力なくしてはロシアで何もできない事はわかっていましたが今回ばかりは私の賭けに頼るだけでした。2日経って『今度は絶対大丈夫』とホテルに電話がかかってきました。翌朝1時間かけて別荘に着きました。3メートルはある高い塀に囲まれた古い洋館でした。広い庭に大きな松の木が何本も立ち、雑草の手入れもされていました。スターリン時代の古い建物でしたが私のイメージに近い建物でした。今回ばかりはアシスタントも私が又怒るのではないかと心配そうに私に『OK』かと聞くので私は『OK』と答ええたのでした。どちらかと言うと今までアシスタントに仕方なく妥協する事ばかりでしたが良い仕事をするためには自分の意思をはっきりと伝えなくてはと思いました。日本人的なあいまいな態度はロシア人スタッフを動かすことはできないと....

アシスタントが私が納得できる別荘を探してくるまで約2年かかりました。その代り彼らが要求する報酬はエスカレートしていったのです。すべての支払いに彼らの報酬が含まれているのです。

15年近く私のアシスタントを務めた夫婦は私から得た報酬で現在別荘を経営しています。彼らは『智史さんのおかげでこの別荘が買えた』と今はとても感謝しています。15年前彼らが私から得た報酬は当時のモスクワの平均年収の5倍にもなっていたのです。

2000年になるとモスクワ郊外は別荘ラッシュで至る所に同じような建物が立ち始めました。別荘が建ってもインフラ整備はされていません。道路は未完成、電気は年中停電、建築も日本と比較したら問題ありの建物ばかりでした。しかし値段を聞くとビックリ...なんと1億円もするというのである。別荘の持ち主は警察官僚、政治家、マフィア、これがロシアの本当の姿だと彼らは嘆いていた。見てかけの良い別荘も彼らにとっては夢の夢...一般庶民には手の届かない別世界の事と思っているようだ。しかしアシスタント夫婦は毎回私の仕事で得た報酬を蓄え別荘を買ったのだから大したものである。私も彼らとはお金のことで良く口論したことがある。彼らはすべて前金主義、建て替えは一切しない、彼らはお金だけしか信用しなかった。日本人から言わせると『えげつない』この言葉がぴったり。当時のモスクワの別荘事情を書いてみました。