2016年11月

img_3334予定通りユーリアの撮影は順調に終わり、ユーリアと冬の撮影の約束をして別れました。この頃は日本からフィルムを約2~300本持って出かけました。以前ユーリアをもっと撮影したいと思った時フィルムが足りなくなったことがありました。当時モスクワでプロ仕様のフィルムを売っている店はほとんど無く半日かけて探し回りました。やっと見つけても数本しか手に入らず、なんと不便な国なのだろーと思ったものでした。それ以後フィルムは持てるだけ持って行くことにしたのです。しかしフィルムも本数があるとかなりの重量になります。フィルムだけは行きも帰りも肌身離さず持ち、帰国すればフィルムは2回に分けて現像所に出していました。 何故ならば失敗されたら大変だからです。現像されたフィルムが届き仕上がりを目で確認できた時の達成感...

デジタルカメラを使うようになった今は撮ったその場で確認が出来便利になったが何かが違う...。カメラが撮ってくれるのではなく人間の能力で撮ったフィルムの時代が何とも懐かしく思える。デジタルカメラよりフィルムが良いと思っていた私も今はすっかりデジタル化されてフィルムの重さ、フィルムの入れ方も忘れかけている。

クレムリンの川岸に北野武さんの顔と大きな広告看板が目に入りました。モスクワ川の船上から記念にパチリ。北野武さんの受賞のニュースを見てこの写真を思い出しました。

ロシアタレントとの出会い#59

3602撮影が終わりユーリアを近くの駅で降ろした後、私は地下鉄の駅で降ろしてもらいアシスタントと別れました。撮影が早く終わったので私はアルバート通りに行くことにしたのです。この通りはモスクワでもっとも古い通りの一つと聞いていたので行ってみたかった所でした。

古い街並み、ロシアの民芸品を売っている露店、ミュージシャン、特に観光客の肖像画を書く絵描きがあちこちにいたのが印象的だった。
人気のある絵描きの前には客が並んで待っている。そばで見ていると客の顔の特徴を良くつかんでなかなか上手に描いていました。

私はあちこち歩きながら町の風景を撮っていました。当時、カメラを肩にかけて街を歩いている人をほとんど見たことがありません。私も町を歩く時はバックの中にカメラを入れて目立たないように常に注意しながら行動していたのですが...少し怖い経験をしてしまいました。この時を最後にモスクワの町を一人で歩くことは止めました。何故ならクレムリンの近くで二人の警官に呼び止められパスポートの提示を要求され交番に連れて行かれそうになったのです。パスポートの不備があればモスクワには入国できないのですからこれは言いがかりだと思いました。パスポートに入れて置いた2,000ルーブルを警官に渡して何とかこの場を切り抜けました。しかし1時間後ホテルに帰る途中、二人の警官が私を見るなり駆け寄ってきて、又『パスポートの提示』と言うのです。彼らは前の警官の仲間でした。私に『2,000ルーブルくれ』と言うのです。私は彼らと関わりたくないので2,000ルーブル払いました。彼らは笑いながら『有難う』と言って去って行ったのです。私はほっとしたと同時にロシアの裏側を見た気がしました。この時以来、街を歩く時は必ずアシスタントと一緒に行動する事にしました。ロシア人が一緒であれば警官が言いがかりをつけることはないという事がわかったからです。

ロシアタレントとの出会い#58

01RBD30【ユーリア・ノーバ 夏・おもいでPart2】のシーンを数日かけて撮影しました。暑い日が続きユーリアも慣れない撮影で疲れていた様子だったので一日休息日をとる事にしました。
天気も良く気温は30℃を超える暑い日でしたが散歩を楽しんでいるユーリアを撮った写真です。少女のような初々しさのユーリアです。この洋服はユーリアの私服です。
あちこち歩いて暑くなったのかユーリアは上着を脱いでアシスタントに渡していました。広場の近くにあるレストランで休憩、ユーリアはケーキと紅茶を頼んでアシスタントと楽しそうにおしゃべりしていました。ユーリアに合う衣装が少なかったのでアシスタントがデパートに行こうと言い出したのです。広場の近くにあるグムデパートに歩いて行きました。ユーリアもアシスタントもショッピングに夢中でそばで見ている男の私には退屈な時間でもありました。衣裳に関してはアシスタントの意見を良く聞くことにしていますが、時々値段を考えずアシスタントは衣装を選んでくるので買うべきか悩むことも多くありました。アシスタントに衣裳を買わせると撮影衣裳の他に自分の下着や洋服も一緒に買ってしまうので本当に困りました。当初、ユーリアに合う衣装を日本で探すのは難しい事もあり仕方ないと黙認していました。

モデル発掘の旅2

8月末にキエフに行こうと思っています。キエフはモスクワに比べると何となく落ち着ける街です。モスクワの騒々しいい環境とはまるで違います。モスクワでもウクライナ生まれのモデルを何人も撮影しました。ロシア美女紀行の表紙のモデル、ナターシャはウクライナ生まれでモスクワの大学に通っていました。
彼女はダンスが得意で、オーデションに来たモデルの中でも目立った存在でした。彼女は私との撮影が最初で最後だと言っていました。私が撮影した後、彼女はテレビのCMなどに出て活躍していたようです。
モスクワのスタッフはウクライナ人は田舎者と言っていましたが私が見るにはウクライナ人の方がグラマーで美人が多いような気がします。ソフィー・ノーバもウクライナ生まれでした。街を歩いているときれいな人が目に付きます。でも私が探しているモデルは簡単に探せません。昨年秋まではモスクワからキエフに行く飛行機があったのですが今は直行便がありません。キエフに行くにはモスクワからワルシャワ経由で行くか日本からドイツ経由でキエフに行くしか方法がありません。時間と費用が前よりもかかるうえに安全も保障されません。スタッフがキエフからモスクワに迎えに来ると言うのです。なんと電車で24時間かかるというのです。スタッフ達は24時間かかる事を何とも思わないのですから、日本人と時間の感覚が違います。今思うと20年前ののどかなモスクワが懐かしく思い出されます。
写真はキエフで撮影に使った別荘です。この時、この別荘はロシアのテレビ映画のロケにも使われていました。『戦争』や『紛争』『テロ』』等、無縁な平和な風景に見えます。静かで緑の美しい場所...ここもキエフです。
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モデル発掘の旅

IMG_0321昨年に引き続き今年も8月にロシアに行く予定です。モデル発掘の旅です。
昨年キエフで現地のモデルエージェントやカメラマンと会い情報交換してきました。今注目度の高いモデル、ビクトリアとジュリアを今年撮る予定で計画していましたが、アメリカとドイツのカメラマンがすでに撮影してしまっていたという情報が届いたので私は撮ることを止めることにしました。私の場合は初ヌードを撮るというスタイルで長年仕事をしてきました。良いモデルの初ヌードを撮ろうと思うカメラマンは多く、生き馬の目を抜くようなネットの世界でモデル探しは行われています。モデルとの交渉や情報は秘密裡に行わないと一瞬にして情報が漏れてしまうのです。
3年前、ソフィ・ノーバを撮りたくて現地モデルエージェントとメールで何度も交渉を重ね、現地スタッフをモデル事務所に行かせ条件を提示して打ち合わせをさせました。本人の希望でしばらくヌード写真は公開しないという約束の元に撮影の承諾を得たのです。キエフでの撮影が終わり帰国後、彼女の水着写真を私のホームページで公開したところ情報が流れて彼女の元に世界中から撮影交渉があり私が作品化した時はネット上の売れっ子ヌードモデルとなっていました。このことは私にとって失敗でもあり良い教訓にもなりました。いろいろなカメラマンが彼女を撮影しましたが私が撮ったソフィー・ノーバの面影はどの写真にもありませんでした。後日、エージェントからも連絡があり私の撮ったソフィーの作品が最も気品ある美しい写真だったと言ってきました。私は以前にもまして情報を密に集めて動いています。でもユーリアに続くモデルはいまだに見つかりません。